18世紀の初めての黒人貴族、Belle ~ケンウッドハウス~

「初めての黒人の貴族」の実話として、イギリスで20145月に公開された映画「Belle」。つい近年まで知られることがなかったダイドー・エリザベス・ベル(Dido Elizabeth belle) の存在は、実はもっと大きな歴史の変換、「奴隷解放」の礎をも担っていたことがわかった。

 

2003年、この絵(作者不明)がケンウッドハウスで展示されるまでは、彼女の存在は知られていなかった。貴族の白人女性と同じ目の高さで描かれ、シルクのドレスを身に着け、白人女性が親しげに腕をつかむ、この褐色の肌の女性はだれか?

ハバナ領で生まれた彼女ダイドー・ベル(Dido Elizabeth Belle1761-1804 )の父親ジョン・リンゼイ(Sir John Lindsay)は、24歳で英海軍の軍艦「HMSトレント」号の艦長として西インド諸島に派遣されていた。そこで交戦し拿捕(だほ)したスペイン船に奴隷としてとらわれていたアフリカ人女性Maria Belleと恋に落ちた。そこで生まれたBelleを自分の子供としてイギリスに連れて帰り、叔父である子供のいないマンスフィールド伯爵に預けたのが、彼女のイギリスでの人生のはじまりだった。このマンスフィールド伯が建て住んでいいた家がケンウッドハウスだった。

(この時、ジョン・リンゼイには、イギリスに妻がいたらしい。)

同じく母親を亡くしマンスフィールド宅で暮らしていた1歳違いの従姉妹のエリザベス・マレー(Elizabeth Murray17601825)とまるで姉妹のように育てられたベルは、まだ奴隷売買が盛んに行われていたイギリスの1700年代、極めて珍しく従姉妹のエリザベスと同じ教育を受け、おなじシルクのドレスを着ていた。聡明だったらしく、成長した際には通常男性の仕事である、当時最高権力をもつ判事であったマンスフィールド伯の秘書兼アドバイザーをしていた。しかし、家の中で、彼女の扱いは全く同じではなく、訪問者がある時には彼女の夕食への同席は禁止されていたことがわかっている。

The first Earl of Mansfield 叔父のマンスフィールド伯爵と、父ジョン・リンゼイ Admiral Sir John Lindsay
The first Earl of Mansfield 叔父のマンスフィールド伯爵と、父ジョン・リンゼイ Admiral Sir John Lindsay

ここで強調したいことが、この叔父の高等法務院主席判事だったマンスフィールド伯爵ウイリアム・マレー(William Murray)と奴隷制と、ダイドー・ベルの関係だ。

 

1769年ある事件が起きた。逃亡した奴隷James Somersettが、所有者だったチャールズス・チュアートに返されるべきかどうかを論争したサマセット事件が発生した。奴隷のサマセットを守ろうとゴッドファーザーと名乗り出た3名のイギリス人を巻き込んで奴隷制を疑う大きな問題と発展したこの事件の判決を下したのが、このマンスフィールド伯だった。

 

彼の判決は、「奴隷制度は、以上に述べた理由により、非常に憎まれるべきことであり、何においても苦痛を経験すべきでない。この判決により発生し得るどんな不都合があるにしても、この事件は、イングランドの法の下では、奴隷制が許される、または、認可されるとは認められず、よってその黒人は解放されなければならない。」

奴隷売買は、奴隷解放の1834年まで続いた。
奴隷売買は、奴隷解放の1834年まで続いた。

この奴隷解放の礎となった画期的な判決の裏に、自分の姪として子供のように育て、また彼のアドバイザーをしていたベルがこのマンスフィールド伯の判決に全く影響していないとは誰が考えるだろう。1772622日に判決が下され、その後、この判決により、イングランド、ウエールズで14000人~15000の奴隷が解放された。

 

しかし、大英帝国の国外の植民地ではまだこの法は適用されず、イギリス国内でもアフリカ系黒人は誘拐されては国外へと売買が引き続き行われ、完全に奴隷制が終わったのは、1834年の事だった。

修復後のアダムの図書室。 マンスフィールド伯爵やベルが見ていた建築当時のカラーに修復され、昨年オープン。
修復後のアダムの図書室。 マンスフィールド伯爵やベルが見ていた建築当時のカラーに修復され、昨年オープン。

このダイドー・ベルが30年間をすごした家が、ケンウッドハウスだった。

このケンウッドハウス、北ロンドン、ハムステッドに所在、英国遺産English Heritageになっており、ナショナルトラストが管理している美術館として一般公開されている。裏に広がる広大なハムステッドヒース、18か月をかけ修復がされ昨年に再オープンしたばかりの館内、屋外で木々に囲まれたガーデンカフェ、のんびりと一日を貴族の館を経験するところとしては、最適のところ。

 

私個人も、10年以上をこのハムステッド界隈で過ごしてきて、このケンウッドハウスでのピクニックを楽しんできたけれど、このベルの存在は、この放映された映画で知ることとなった。ベルの存在は、マンスフィールド伯により隠されていたらしい。

 

太陽と、草木に囲まれた中でのランチは最高。
太陽と、草木に囲まれた中でのランチは最高。

冒頭に紹介した1779年に描かれたこの絵は、現在も続くマンスフィールド伯爵が所有、スコットランド、PerthにあるScone Palace(お城?)に展示されており、ここケンウッドハウスでは見ることができないが、映画をきっかけに展示されたらしいその写真の複製を見ることができる。

 

残念ながらマンスフィールド伯が使用していた家具類は、ほとんどが売買され残っていないが、マンスイールド伯、ダイドー・ベルが見ていた時と同じ状態に修復された「建築家のアダムの図書館」や、後世所有者だったギネス侯爵から寄付されたフェルメールなどの絵画が見ものとなっている。

気になる映画「Belle」の日本での放映は、2014年年内放映予定とのこと。

 

ケンウッドハウス

Hampstead Lane, Hampstead, NW3 7JR

Open 10-17.00

土日開館

 

●ロンドン個人ガイドでコース内にご案内も可能。